2010年03月31日

作文2

今日は何を書こう。

もっとさらさらと、書けないものか。

古本屋に清水義範先生の書いた『作文ダイキライ―清水義範のほめほめ作文道場』という本があった。
以前ここにも書いたように、自分は作文がダイキライな子供だったので、思わず買ってしまう。

「子供の多くは作文が大嫌いです。どうしてだか分かりますか。それは学校で強制的に書かされて、さらに、親から作文の本質とちがった批評をうけているからです。「字が汚いわ。我が家の恥を書かないでね。」心当たりがおありになりますか?作文がうまく書ける子は、人間として心豊かで、頭の働く賢い子なのです。お子さんを、作文が大好きな子にする秘策を清水義範が伝授します。」
とある。
小説家清水義範氏が名古屋でやった小学生向けの作文教室をもとに書かれた作文講座。
小学生が書いたいろんな作文と、それへのアドバイスが書かれている。
下の「ちんちん」は子供の書いた文章例。


ちんちん

おとうさんのちんちんは

けと ながいちんちんがのびています。

こうつうじこにあわないでください。


ちんちんの話かと思ったら、急に「こうつうじこにあわないでください」
なんとも唐突で、思わず笑ってしまうが、笑ってしまったのち、自分は「ながいちんちんがのびています」と書いたあと、「こうつうじこにあわないでください」と書くまで、しばしの間悩む子供を想像する。
清水氏いわく、子供は、「立派なことを書かないといけない」と、つよく思っているそうだ。
もちろん、大人がいつの間にかそう思わせているわけだが。
この子は、なんとなく書く価値のあると思った「おとうさんのちんちん」についての考察を書いてみたものの、なんだかそれだけではいけない気がして、「こうつうじこにあわないでください」と立派なことで締めくくったのだろう。
大人から見たら、その唐突さは、一見なんとも味のある文章にも思えるし、シュールな雰囲気も漂わせていて、子供の発想はなかなかすごいな、と思ってしまったりするかもしれないが、種を明かせばそういうことだ。

でも、自分もそうだなと、思う。
文章でも、芝居でも、締めくくり方に困って、何かとってつけたような立派そうな結末にしそうになる。
それはよくない。
よくないな。
posted by うえだいっけん at 22:22| 大阪 ☁| 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月10日

作文

08-02-10.jpg 前の文を書いたのはもう4日前か。
 時の経つのは早い。
 こんなものを書くことになった自分は、なにを隠そう小学校の頃から作文を書くのが大の苦手だ。
 今の義務教育でもそうなのだろうか、自分らが小学校中学校の頃は何かにつけて作文を書かされた。
 新学期といえば作文。学期が終わるといえば作文。遠足から帰れば作文。本を読んでは感想文。夏休みといえば日記。なんの変哲もない日の五時間目にいきなり原稿用紙を配られ、作文書きなさいと言われたこともあった。
 作文は大嫌いだった。
 小学校の夏休みも数日過ぎたある日、自分は日記が書けなくて母親に泣きついた。「今日は何も書くことがない」と。
 そしたら母親は、「じゃあ、書くことがないって書いといたら?」とあっさりこたえた。
 子供ながらに「そりゃ何でもあんまりだろう」と思ったが、考えてみれば、「『書くことがない』ということ自体も、書くことだなあ」などと思い直した。
そして、小学生の日記にしてはちょっとアバンギャルドすぎるのではないかと心配しながらも、言われたとおり「今日は書くことがない」と書いてみた。そしたら…ちょっと自由になった。
 自由になったので、雲のことを書いた。雲というのは空に浮かぶあの雲のことだ。なぜかわからないが雲のことを書いた。「書くことがない」というのは消しゴムで消して、あんな雲、こんな雲…と、ただ雲を描写した。
 書いた後、「だからなに?」とは思ったが、そのまま提出した。すると、それが意外にも先生に褒められた。「一編の詩のようだ」と。詩というものがどういうものなのかよくはわからなかったが、褒められた自分は単純にも「おれには作文の才能があるのかも知れん」と思い始めた。
 そして自分はだんだんと技巧に凝り始めた。面白く書こうとか、それらしく書こうとか、自分なりに工夫し始めた。またもや褒められた。褒められた自分は、褒められた作文を読み返したりなんかした。
 しかし、技巧に凝りすぎると、今度はなんだか嘘をついてるように感じ始めた。書きたいことが曖昧なときには技巧に走ったり、なんかのマネで乗り切ったり、感じてもないことをそれっぽく書いたりし始めたからだ。
 大学に入った頃、決意して日記を書きはじめた。自分は文章を書くのが苦手だと思っていたが、なんとこれは毎日書けた。読む人を意識しないで思いのまま書いた。大学時代は時間を持て余していて、日記ばかり書くようになった。そのうち日記を書く為に生きているような状態になり、このままではやばいと、「禁日記」した。今その日記を読み返すと、めちゃくちゃ独りよがりで読むに耐えない。
 自分の書いた一番面白い文章は、おそらく小学1年生の時に作った植物採集に添えられた短い文章だ。文章も字もへたくそすぎるが、それぞれの植物を採取したときの気持ちがありありと迫ってきて面白い。残念ながら何年も前にどこかへなくしてしまったが。

posted by うえだいっけん at 10:22| 大阪 ☀| 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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