2008年06月26日

道端三景

3ヶ月以上ぶりの更新。
自分がこんなものを書き出したことすら忘れてた。
知人に「始めたからには何でもええから書きなさいよ」と叱られる。
道端で撮った写真などを載せてみる。
あまり意味はない。
公演のエピソードとか書かないのかよ。
それはまた機会があれば。

捨てられてた。.jpg

真夜中、自転車で走ってたら、道端にごみ置き場があって、そこになにやら見慣れぬものが捨ててあった。
キティちゃんの頭がくっついた枕であった。
真夜中というのもあって、ちょっと哀しげな風情であった。
「むき出しで捨てるなよな」とか「思い入れのあるものかな」とか「だんだんあきちゃって捨てられたのかな」とか「よく見ると、ちょっと不思議というか不気味なデザインだな」とか「すてねこ」とか「ちょっとさびしそう」とか「こっちを見てる」とか、いろいろごっちゃに心に浮かんできて、なんだか心かき乱される自分であった。

obaq.jpg

朝、自転車で走っていたら、パン屋の店頭に、なにやら見慣れぬものが置いてあった。
オバQの乗り物であった。
捨ててあるのではない。
なんというか、「楽しい雰囲気を醸し出すために店頭にあしらってみました」というような風情である。
小粋なパン屋だ。
っていうか、オバQって乗れるのか。
しかし残念。
「危ないので乗らないでね」と書いた立て札。
もう壊れて動かないのかもしれない。
しかしこれはなかなか捨てるに忍びない造形物だ。
つい飾ってしまったのだろうな、と勝手に得心する自分であった。

hato.jpg

夕方、自転車で走っていたら、公園の脇で、尋常じゃない数のハトが群れていた。
どうしたのかと見ると、向かいの家からおばさんが出てきて、尋常じゃない量のパンの耳をばら撒いいている。
地面も糞だらけ。
ハトを見るといつも思うことがあって、昔、スクエアの公演の案内文にも、そのことを書いたことがある。
「ハトは首をクイックイッととしないと歩けない。しかし、ハトは自分が首をクイックイッとしていることに気づいてすらいない。そういう目をしてる。もし、ハトに『なんで歩くとき首をクイックイッとするの?』と聞いたら、そのハトは、ハトが豆鉄砲食らったような目で『え?そんなんしてます?!』と言うに決まってる。でも僕たちもそれをバカにできたもんでもない。人間だってそんなことはいっぱいしてる。今度はそんな芝居です。」
と、そんなことを書いた。
どんな芝居だと思われるかもしれないが、まあ、書いたことがある。
でも、先日やってたテレビで知ったんだが、自分の認識はてんで間違っていた!
人間への認識じゃない。ハトへの認識がまちがっていた。
その事実に自分は衝撃を受けた。
なんと、ハトは、わざと(?!)首を「クイックイッ」としていたのだ!
それを文章で簡単に説明するのは難しいが、そのテレビの説明では・・・鳥類は、目が(人間のように)顔の前についているのではなく、顔の横についている。なので、歩くとき、その進行に伴い両脇の景色が常に流れるように目に入ってくることになる。しかしそれでは、周りを認識しづらく、外敵などから身を守るのに不利である。だから、すこしでも、両脇の視界を固定して見るため、歩く際に、体が前に進むのと同時に(それと同じ速度で)首を(つまり目を)後ろに引いて、視界を固定しているのだ。そして、それを繰り返すために、首を常にくいっくいっとしているというのだ!(わかりました?)
でも、自分はまだ半信半疑だった。なぜそんなことがわかるのか。そんなことホントかどうかはハトに聞いてみないとわからないではないか。
しかし、その疑いも次の実験で粉砕された。
テレビではハトをウォーキングマシンのようなものに乗せて、ハトの歩く速度にあわせて動かした。
ウォーキングマシンの上で歩けば両脇の風景は流れない。すなわち、先の説明が正しければ、ハトは首を動かす必要はないということになる。
実験開始・・・なんとっ!ハトは首を「クイックイッ」としなかった!
必要なければ「クイックイッ」としないで歩けるのだ。必要だから、「クイックイッ」としていたのだ!
今まで馬鹿にしてごめん。ハトさん。見くびってた。
かなりの衝撃を受けた自分であった。
それは人間観そして演劇観が変わってしまいかねないほどの衝撃であった。
いや、それほどでもないか。
と、そんなことを思い出した自分だった。


posted by うえだいっけん at 09:08| 大阪 ☁| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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